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9月8日(日)
皆様こんにちは!サンダンス・リゾート蓼科スタッフ廣瀬でございます。
暑い夏が終わり、蓼科は時折ひんやり涼しい風が心地よいとても過ごしやすい時期に
なってきました。地域によってはまだ厳しい残暑が続いているかと存じますが、
皆様引き続き体調管理には十分お気を付け下さいませ。
今回は蓼科の温泉についてご案内いたします。
蓼科地域の温泉は「蓼科三室源泉」と呼ばれ、殺菌力の強い成分を持っているので、慢性皮膚病などに効能があり、消火器病、慢性婦人病、筋肉痛、関節痛などにも効果があると言われています。
以下のような効能があります。
泉質:ナトリウム-塩化物、硫酸塩温泉(弱酸性低張性高温泉)
泉温:61.0度 ph:3.15
効能:一般的適応症/神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進
特殊適応症/きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、動脈硬化症
飲用:できません
※当施設での浴槽湯温は41度から42度前後に保たれております。
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蓼科三室源泉物物語
三室源泉は、建御名方命(たてみなかたのみこと=諏訪大社の神様)に由来する源泉です。古事記(日本神話)によると、大国主命(おおくにのみこと)を父に持つ建御名方命(たてみなかたのみこと)は、出雲での国譲りに最後まで抵抗していました。そこで建御雷命(たけみかずちのみこと=鹿島神社)と「力くらべ(相撲の起源といわれる)」をすることになったのですが、負けてしまいます。建御名方命は追われる身となり、あちこち逃げて、あるとき信濃国にたどり着きました。しかし、建御雷命はまだ後を追ってきます。それを見ていた地元の湯川村の人々は、声をかけ合い大勢集まって3つの穴を掘り始めます。彼らは、建御名方命と、それに同行した母親の奴奈川姫命(ぬなかわひめのみこと)と、夫人の八坂刀売命(やさかとめのみこと)、そして本人の3人に蛇に姿を変えてもらい、穴にかくまおうとしたのです。寒さの厳しい山中でしたが、なぜかその穴は3つとも暖かく大変住みやすかったそうです。一方、追ってきた建御雷命(たけみかずちのみこと)はというと、地元の人々に尊敬されている建御名方命(たてみなかたのみこと)の様子に感服して帰ってしまいました。蓼科三室源泉には、こうした言い伝えがあります。3つの穴はいつしか三室(古くは御室)と呼ばれるようになり、やがて源泉(信州でめずらしい弱酸性泉)が発見されます。そうして今に至るのです。
出典:北山湯川区編「湯川むら」
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?さて、当施設では男湯が「信玄の湯」、女湯が「湖衣姫の湯」と名付けられております。
蓼科の温泉は「信玄の隠し湯」の一つとされており、八ヶ岳周辺は武田信玄が軍用道路として開発した「信玄棒道」が残されていることでも知られています。
「湖衣姫」とは武田信玄の側室であったとされており、とても強気で気高い人物であったそうです。過去の大河ドラマにも登場しています。諸説ありますが、湖衣姫はもともと諏訪家の人間で武田家に滅ぼされ、信玄に気に入られて側室になったとされており、側室になったあとも「武田家は諏訪家の敵」と気高さは忘れずにおりながらも、信玄を憎みつつも次第に惹かれてゆく自分に気が付いて苦悩した、とドラマでは描かれているそうです。
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当施設の大浴場はゆったりとした広さ、そしてサウナも併設しており、時間を忘れてご堪能頂ける自慢のお風呂でございます。普段シャワーで済ませてしまう方、ゆっくりとお風呂で過ごす時間が無い方、たまにはゆったりのんびりと過ごしてみませんか。
皆様のご来館を心よりお待ち申し上げております。
さあ、蓼科へ レッツ━━━━━━o(・∀・)○━━━━━━ゴー!!